2020年から、自死が増えていますね。

息子を亡くしたことで、生と死、人生について、いろいろ考えるようになりました。

その中で、自分なりの答えを見つけました。今後また学びを深める中で

変化するかもしれませんが、今の時点での答えです。

それは、私たちはこの世で魂を成長させるために生きているのですが、

何人かは死に対して、ある種の憧れを持って生まれてきたのかもしれない、ということです。

…いうなれば、前世の記憶を持って生まれた人がいるように。

なぜ憧れを持っている?それは死後の世界は素晴らしい世界だから。

ただ、だからこそ憧れを持っているからこそ、この世の絶望に対するハードルが低く、

それを乗り越える試練を与えられている魂だったんだと。

そして、その難しい試練を与えられた魂は、絶望しやすい社会の時は、自死してしまうことが多くなる。

その決断は、未熟な私たちに、命とは、魂とは、と、

壮大な問いと、学び、課題を残すことになる。

死に対する憧れに打ち勝ち、生を全うする事が、

自身の魂の成長や課題の達成には欠かせなかった。

死への憧れを持った魂は、そうでない魂よりも何倍も困難な人生(絶望のハードルが低いため)ではあるが、そうでない魂よりも何倍も達成する甲斐のある人生をあてがわれたのでは?

人生が困難だった分、既遂した魂は安らかでしょう。

しかし、困難を乗り越えた先を、自身の死後、自身の今生での課題を思い出した時にきっと、ものすごく後悔するのです。

そう思うと、勿体ないと感じる人物が多い、素晴らしい人や、才能に溢れる人が多いことも、(私の勝手ですが)納得してしまいます。

自死は、残された家族やかかわった友人、恋人にとって、

自分が助けることができたのではないかと、辛いものです。

ですが、やはり当人の乗り越えるべき課題であったと、そう思います。

遺族の中には、ご自分を責め続けてしまう場合もあるし、故人の苦しみを考えると、自分は慰められたり、楽になることが申し訳なく思うこともあると思います。

でも、そんなことはないのです。

あの時こうしていれば、あの時こんな言葉を言わなければ…。

そのような辛い気持ちから、この答えを見つけることで少しだけ楽になりました。

また、自死した魂は天国へいけない、、これも遺族には辛いものです。

色々な本を読んだ中で、死後の世界は素晴らしい世界。どうしても、死後の世界の素晴らしさの記憶を持ってきてしまう魂はいるのです。

ですので、きっと、自死をした魂は、後悔はすれど、素晴らしい世界にいるはずです。

このように解釈してもいいのではないかと思いました。